奥多摩の廃村/旧倉沢村 前半
連休の中日に廃村(ほぼ前半)と小河内ダム(後半)に行ったのでそのこと書きます。
近くの山にコンクリートの原材料となる石灰岩の採掘場があった。
高度成長期、都市の発展を影で支えた人々の社宅…としてはあまりに過酷な立地。
削り取られた岩肌。緑はない。原料は採りつくされ、人々は村を離れた(らしい)
6年くらい前まで高齢者(最後の住人)が1人で住んでいたその村へのアクセスは徒歩のみ。舗装された道もなく、断崖絶壁に近い山道。どうやって生活してたのか本当に不思議。
うん、落ちたらただじゃすまないことは察した。
観光名所「倉沢のヒノキ」を目印にひたすら登山。
路中、配水管の残骸や折れた木の電柱が顔を出す。配管は結構状態(?)もいい。
倉沢のヒノキは何体かの大蛇が合体したかのような巨木だった。
ヒノキを脇に逸れ、道無き道(写真撮る余裕ない程)をのぼった先に開けた土地が急に現れて、村の入口だと分かった。
下の方に目をやると解体された家屋の残骸が…そしてあちこちに散らばる生活感の痕跡。
今じゃ絶対に出会えない、小ぶりな小便器はマイルドなみどり色。いい色です。
ひな壇状の石垣が目線を上へと引き上げる。からの、村のメインストリートを登る。
役に立たない注意喚起。
下水の設備かな?下にしか流れないから
黄金色落ち葉の絨毯。
一層、ローラーで脱水するタイプの洗濯機。昭和30年代の面影こゆい
シンクの中はわりとキレイ。
残された建具の残骸と、近くにあった気持ち悪い植物の柱頭?
苔むした家屋の基礎。木造部は腐食が激しいが、原料が良質なためかコンクリの基礎はキレイな状態のものが多い。
長くなってきたので後半につづく。